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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(わ)407号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(強盗致傷罪を認めなかつた理由)

本件公訴事実の要旨は、「被告人両名が判示準強盗の罪を犯した際加えた暴行により、小林正勝に対し加療約七日間を要する左腕打撲兼左下腿部打撲症を、瀬戸昇に対し加療七日間を要する左第三・四指打撲兼左大腿部打撲症の傷害を負わせた」というものである。

医師高田千年作成の診断書二通によれば、小林、瀬戸の両名は本件被害を受けた後同医師のもとで、右のような傷害の診断をうけていることが認められる。しかしながら、証人高田千年に対する受命裁判官の尋問調書、証人小林正勝、同瀬戸昇の当公判廷における各供述によれば、小林の左前腕部は打撲により皮下出血し、腫脹もみられたが、その範囲は広いものではなく、レントゲン検査の結果異常は認められず、治療も消炎酵素剤と鎮痛剤を用いたにすぎなかつたこと、同人の左下腿部、瀬戸の左大腿部の打撲症、左第三四指擦過症とも本人の訴えがなければ外見上発見できない程度のものであつたこと、同医師は打撲症の所見がある場合は加療期間として通常五日ないし七日間を要する旨診断するのを通例としていること、また、両名とも警察官に勧められなければ病院にも行かず、そのまま放置するつもりであつたと述べ、事実小林が次の日湿布を替えてもらいに一回行つただけであり、瀬戸も初診日に診察等を受けただけでその後は一回も通院しなかつたこと、両名ともしばらく、すなわち二、三日は痛みを感じたが、日常生活に支障をきたすようなことはなく、受傷後一週間もたたぬうちに自然と何時の間にか痛みは消えてしまつていたこと等の事実が認められる。

なお、小林、瀬戸の検察官に対する各供述調書にはそれぞれ、小林は事件後八日過ぎた同年九月二七日現在でも時折痛むことがあり、瀬戸は五日間高田医師のもとに通つたとの供述記載があるが、前掲の各証拠にてらし過大な主張或は誤つた記憶に基づくものとしていずれもにわかに措信しがたい。

また、瀬戸の当公判廷における供述の中には、「指は当分自由がきかなかつたか。」という問いに対し、「はい」と答えた部分があるが、当分という意味があいまい不明確であつて右認定の妨げとはならないと解せられるし、初診日のあとにも医者に一度行つたとの部分も、前記高田の尋問調書に照らして疑問がある。

ところで、強盗罪の法定刑が五年以上の有期懲役であるのに対し強盗致傷罪においては無期または七年以上の懲役という重い刑罰が科せられていること、強盗の手段たる暴行は相手方の反抗を抑圧するに足る程度の強度のものでなければならないことからみて、右程度の暴行が被害者の身体に加えられることにより通常生じることが予想されるような軽微な身体の病変はむしろ暴行行為に内包されるものとして同罪にいう傷害にあたらず、ここに傷害といいうるためには日常生活上一般に看過できない程度のもの、換言すれば少くともある程度の生活機能の毀損を伴うものであることを要すると解するのが相当である。これを本件について考えて見るに、前記認定の如き身体損傷の外見、被害者自身の知覚、治療の方法・程度、治癒に要した日数、日常生活における支障の程度等を総合判断するとき、被害者小林、瀬戸の各傷害は医学的には傷害と称し得ても、前記の見地からはむしろ暴行の当然の結果として暴行のうちに含めて考えるのが相当であり、強盗致傷罪にいう傷害には該当しないものと解される。従つて、被告人両名について強盗致傷罪の成立は認めることができない。(砂山一郎 田川雄三 安木健)

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